般若心経と量子物理の世界(のプロローグ)
私は高校を卒業してから、大きな挫折を味わいました。
もっとも楽しいと思っていたはずの、20代は深い悲しみとエネルギー不足で、本当に暗闇の中をずっと歩いていました。
いえ、エネルギー不足はもう本当にずーーーーーーーーーっとだったと思います。不足しているということすら、気づいていなかったかもしれません。
でもある時、身体からエネルギーが満ち溢れた瞬間がありました。生きる気力ってこういうことを言うんだって、本当に初めて分かった瞬間でした。覚醒という言葉を初めて使いました(笑)でも本当にそう感じたんです☆
ヒントのようなものは、よく出会っていて、私の場合は、本を通じて、必要な答えやメッセージをもらうことが多いようです。
今日はそのヒントのひとつを紹介したいと思います♪
ただその結論の前に、ちょっとお付き合いください(*^^*)
般若心経と量子力学(のプロローグ)
以前の話の通り、私は物心つく前から音楽を習っていました。
母はものすごく厳しい人で、どんなに頑張ってもどんなに周りが褒めてくれても、どんな結果を出しても、褒めてくれることも認めてくれることはありませんでした。常にダメ出し。
そんな私は負けず嫌いなので、完璧主義となり、嫌々ながらも我慢して、やらないという選択肢はない、やるからには最高のものを目指すようになります。
難しいことを攻略していくのは楽しい!
できないことができるのが楽しい!
分からなかったことが分かるのが楽しい!
音楽も算数だと思っていました。
音の高低や長さをどう分割して組み合わせるか?
人にとって心地よい、あるいは不安にさせる音の組み合わせがある。
見えない音を使って絵を書くように、色をつけていく。
感覚の部分と緻密な計算がそこには共存していました。
絶妙な計算を感覚的にやってのけてしまうのが天才・才能なのでしょうね。
そして生の音を聞く機会も多く、音の、空気の振動を感じていました。
繊細な、息を飲むようなぴんと張った空気の振動、ダイナミックで胸を打つ大きな振動。音とはその振動であるということを、感覚的に体感していました。
音楽から感じた数字的感覚、物理的感覚は、学生時代、数学や物理への興味に発展します。
いつも、見えないここには何があるのだろう?って。
音を使って、見えない絵を描く。
現象を想像することで、見えないスケールの現象や概念を学んでいく。
見えないけど、あるらしい、肉眼で見えないことを、いろんな道具を使って見えるようにしていく。
私たちは、そうやって不確かなものを使って、ただ観測しているに過ぎない。
どうやら、そうなっていると考えると筋が通るね、ということで、絶対的なことではないのです。
分かっていることなんて、少しでしかない。
だから私にとって、目に見えない世界なんて、普通の感覚でした。
見えないのは、感じないのは、人間が生きやすいように、理由があってそうなっているだけであって、見えないから存在しない、見えないものは信じない、という感覚の方とは違うんだな〜と、逆に驚いたことがありました。
そう、科学とは想像力が源。
What is essential is invisible to the eye.
これは星の王子さまの一節です。
この言葉はは、私の大好きだった人との話の中で出てきたフレーズで。彼は医学の研究者。
「研究とは、どれだけ見えないものを想像して、仮説を立てて検証していくもの。表立って見えないもの、でも重要なものを、どれだけ想像できるか。」
その興味と想像力と探究心が、知りたい、見たいという心が、観測できる方法/モノを作り、創造していく。これがこの見える世界なのだと思います。
だとするならば、この宇宙の法則は、「まずやってみること」が正解。今の教育は、「知って→学んで→やってみる」なのでしょうが、「仮説を立てて、とりあえずやってみる→何かしらの結果が出る→検証する、修正する→やってみる」がこの世界の正攻法。
実験なんて、ただひたすらこれです。
出てきた数値を、そのまま受け止めて、解釈をする。
私が普段やっていることは、ひたすら少量の透明な液体を混ぜてるだけです(笑)
でもそこに、RNAが、酵素が、◯◯という物質があるはずだ、と信じて、正確性をもって測定するだけ。
人間の目は、可視領域のものしか見えない。
(波長で言えば、360nm-830nm程度だそうです)
人間の目で直接見えるものなど、ほんの僅かしかない。
鏡にうつさなければ、自分の顔を見ることができない。身体の内部もイメージング機器を使わないと見れない。誰かに頼らなければ、自分を知ることができない。不確定要素を信じているに過ぎない。
だから、正しいものや正解を求めても、絶対的なものは存在せず、それよりも、信じる心と、起こったことをただそのまま、判断と思い込みを捨てて、そのまま受け取ること、そして鋭い感性を磨く方がずっと真理に近づく気がしています。
この世界は自分がそうだと信じたもの(観測したもの)でできているから。
自分が「そう思ったら、そうなる」。これが人間の仕組みということを私は知ることになるのです。
うずめ